「母国は日本、祖国は台湾」 NHKスペシャル第1回「アジアの一等国」(シリーズJAPANデビュー)

今日のおすすめの本は、こちら。
NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー 
第1回「アジアの一等国」(「プロジェクトJAPAN」)”」
(NHK総合テレビ、2009年4月5日 21:00 - 22:15放送) の出演者である
柯徳三さんの本です。



【PC用リンク】母国は日本、祖国は台湾―或る日本語族台湾人の告白 (シリーズ日本人の誇り 3)

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アジアの一等国」は、特定のイデオロギーや歴史観によるものではないらしいが、
公共放送であるNHKの放送内容が偏向しているのではないかと
物議をかもしている番組です。

プロジェクトJAPAN(ぷろじぇくとじゃぱん)とは
NHKが2009年度から3年間の中期経営計画において取り組む大型プロジェクト。
2009年の基軸テーマは1859年横浜開港150年とのこと。

リアルタイムでは見逃したので、YouTubeで見ました。

以下、番組などの情報をまとめました。

最初の植民地である、台湾の日本統治時代は、
1895年(明治28年)4月17日(日清戦争の敗戦に伴い清朝が台湾を日本に割譲)から、
1945年(昭和20年)10月25日(第二次世界大戦後、中華民国統治下に置かれる)までの
植民地支配の約50年間を指す。

19世紀、西洋列強(英独仏)が中国大陸への足がかりとして地理的に重要視していた台湾を、
日清戦争で勝利した日本が、1985年台湾領有(伊藤博文首相)。

番組では、当時の日本が拠り所としていた万国公法。
「一等国」、「二等国」、「三等国」。

国史館台湾文献館にある、台湾総督府文書(2万6000冊)を
第一次資料として、番組を制作。

世界の7割のシェアを占めた、台湾の樟脳
万能の合成樹脂、セルロイドや、無煙火薬(スウェーデンのノーベル)の原料となった。

なお、樟脳、砂糖、茶は、「台湾の三宝」と呼ばれ、貿易の面でも注目されていた
(この説明は、番組上にはなく、樟脳のみに、フォーカスして、番組は制作された)。

以下、NHKの説明。

1895年「日台戦争」(武力で制圧しようとする日本軍に対し、
台湾人の抵抗は激しさを増していきます。戦いは全土に広がり、
のちに「日台戦争」と呼ばれる規模へ拡大していきます)。

ここまで。

「日台戦争」という用語は、1995年日清戦争百年国際シンポジウムから使われている
新しい言葉とのこと。

以下、NHKの用語の定義。

「戦争」=1893年5月「戦時大日本条例」が勅令により定められた。
日清戦争は、1895年4月に下関条約が調印。
大本営は、その翌年の1896年4月まで延長継続しています。
これは、台湾における戦いが、「戦時」として認定されていたことを意味します。

「外征従軍者」=1895年6月 初代台湾総督の樺山資紀は、
首相伊藤博文宛に、台湾に派遣される文武諸官員の扱いを「外征従軍者」と
するよう申し入れ、閣議で了承されました。
「戦時認定」と「外征従軍者」に関する歴史的事実による、
台湾における戦闘(日本軍だけでも5000名が戦死。
日清戦争の死者の過半数に及ぶ)は、法制度上において、
「外征」すなわち対外戦争として扱われる。

「漢民族」=「1937年、日中戦争が勃発。
台湾統治が新たな局面を迎えることになります。
当時台湾には、およそ500万人の漢民族がいました。
日本は自らの領土内に、敵と同じ民族を抱え込むことになります。」

ここまで。

「日台戦争」の混乱により、樟脳工場の操業停止。

英仏の領事館が本国に宛てた文書では、
日本の植民地支配に手厳しい文言が並んでいた
(番組では、海外の一次資料の裏づけとして採用)。

明治憲法(大日本帝国憲法)に植民地の規定なし。
日本国の領土に生きる人々は、天皇の臣民となるのか議論は分かれていた。

1898年、児玉源太郎が第4代台湾総督として就任すると、
内務省の官僚として活躍していた後藤新平を台湾総督府民生局長に任命。

台湾には、パイワン族など14の先住民族がおり、
日本人とは、民族も、習慣も異なり、調査の結果、同化政策は困難と判断。

結果、アルジェリアの同化政策(仏)とインドの特別法(英)の折衷案が、採用される。

後藤は、匪賊刑罰令(匪徒刑罰令 ひとけいばつれい)という特別法を作り、
日本人が与えた秩序に従わないものは、
たとえ軽微な罪でも死刑にした。

略奪、殺傷のみならず、田畑荒らし、死刑。未遂でも、死刑。
総督府が、匪徒とみなせば、未遂でも死刑。
内地ではありえないほど、過酷なものだった。

発布後5年間でこの法律を適用され死刑になった台湾人は
3000人にのぼるという。

「ヒラメの目をタイの目にすることはできない」(後藤新平)

台湾人の協力者の取り込み。
「保正」(地区のまとめ役)として、住民を監視、報告
(「日本人の走狗」とも言われかねない、という談話も放送)。

台湾人は、日本人とは別に、公学校で、日本語の習得。

「台湾人在籍事件」では、父親の功績から日本人と一緒に学んでいた台湾人が
ただちに退学させられた(後藤新平が命じた通達が台湾総督府文書の中に現存)。
台湾人、日本人、目的が異なるという通達だった。

後藤は、樟脳の販売を独占し、南北400キロの鉄道をつくり、
港(キールン 基隆)を整備し、赴任して2年後に、赤字を解消し、
年間現在の価値で100億円の収入をあげた。
樟脳の安定供給が果たされ、英の商社は歓迎した。

台湾総督府が欧米向けに出版した、「台湾十年間の進歩」で
「台湾歳入」、「内地貿易」の金額が急増したことを伝えた。

以下、NHKの説明。

1910年日英博覧会「人間動物園
(日本は、会場内にパイワン(台湾の先住民族)の人々の家を造り、
その暮らしぶりを見世物としたのです。当時イギリスやフランスは、
博覧会などで、植民地の人々を盛んに見世物にしていました。
人を展示する「人間動物園と呼ばれました。日本は、それをまねたのです。)

野蛮で劣った人間を文明化していることを宣伝する場
(植民地研究の専門家パスカル・ブランシャール(仏))。

「なお、日本国内では、7年前、1903年内国勧業博覧会(大阪)において、
「台湾小蕃」や「北海道アイヌ」を一定の区画内に生活させ見世物にしました。
こうした展示方法は、大正期の「拓殖博覧会」や1910年の「日英博覧会」に引き継がれます。
「日英博覧会事務局事務報告」によれば、会場内でパイワンの人々が暮らした場所は、
「台湾土人村」(台湾生蕃監督事務所を中心に、12の蕃屋が周りを囲んでおり、
家屋ごとに正装したパイワン人が2人。
午前11時から夜10時20分まで、ずっと座っている。
観客は6ペンスを払って、村を観察できる。「台湾日日新報」)と名付けられている。
「東京朝日新聞」の「日英博たより」(派遣記者・長谷川如是閑)
「台湾村については、観客が動物園へ行ったように小屋を覗いている様子を見ると、
これは人道問題である」。
日英博覧会の公式報告書(Commission of the Japan-British Exhibition)で
植民地強国(Colonizing Power)として尊敬を受ける資格が充分にあることを認める、とある
(また、「人間動物園」を取材した、長谷川如是閑が、「人道問題だ」と指摘)。

ここまで。

番組では、「人間動物園」で生活させられたのは、台湾の高士村の人々だったと
明示し、子孫のインタビューも放映した。

日本は、第一次世界大戦後のパリ講和会議に64名の代表を送り込み、
一等国として扱われた。

ウィルソン米大統領。民族自決主義。
ガンジー。非暴力不服従。
ホーチミンの武装闘争。
朝鮮の三・一運動。

そして、1921年「台湾議会設置請願運動」が発生。
原敬首相が同化政策(内地と同様に扱う)を提唱。

教育、同じ小学校に通えるようになり、
中学校への進学も許可された。

日本は、琉球人を、台湾の教育関係に送り込んだ
(すでに、沖縄県なわけだから、琉球人というのも、違和感はある)。

当時、「台北第一中学校」で台湾人に対して、
露骨な差別と偏見があったと、放送された。

1923年 行啓(皇太子を台湾に招く)12日間。
台湾神社など。およそ100箇所。

1936年に着任した、
小林躋造(こばやしせいぞう)台湾総督のもと、
いわゆる創氏改名、「皇民化政策」が行われ、
改姓名が昇進の条件になったりもした。

以下、NHKによる言葉の定義。

中国語=「皇民化とは天皇中心の国家主義の下、
台湾人を強制的に日本人へと変える政策でした。
学校や新聞などで中国語を禁止し、日本語の使用を強要します。」

ここまで。

言語学上、(ミン南語)台湾語は、中国語の方言。
1930年代の台湾総督府の調査(福建系のミン南語(ミン南語)と認識している人が70%、
広東系の客家語(ハッカ語)と認識している人が10数%)
客家の人々は、自らの客家語という言葉を、台湾語と区別して使用している。

第二次世界大戦で、
台湾人は、21万人が出征し、3万人が戦死したとのこと。
なお、多くの台湾人の志願者がいた、との指摘もある。

敗戦により、日本が去り、蒋介石が、台湾を統治する時代となる。

以上、番組と、番組の内容をフォローしたNHKの文書を参考にまとめてみました。

以下、番組に対する疑問点。

出演者とNHKとの認識に相違がある点。

親日的な発言がカットされている、と出演者が、
他の番組で、スタッフの名前などを出して、
番組の演出上の細かい話しまでされているところを見ると、
どういう経緯で取材交渉していたのか、疑問に思った。

(YouTubeで見つけた動画を見る限り、
出演者からクレームは受けていないと、局は言うものの、
いまだに違和感を感じているのが事実だろう)。

番組の作り手側とすれば、尺の問題がある。

両論併記で、うやむやに、終わらす演出もあるだろうが、
時間的制約上、方向性を決めて制作することが多かろう。

出演者は、おそらく、どう編集されるかまで、知らない。
せいぜい、オンエア日の事前連絡やオンエア後の同録を、
DVDに焼いてお送りするぐらいだろう。

また、事前に編集されたものや、オンエア前のマザーを見ることは通常できないだろうから、
放送後に、問題になることは、この番組に限ったことではなく、
まま、あるだろう。

そもそも、今回の場合、番組制作上、知りえた事実などに関する守秘義務を明記した、
誓約書(取材依頼書を兼ねる場合もあるだろう)などをとって、取材したのだろうか。

当然、誓約書には、「編集権は、局側にあり、それを了承する」、というような文言も
あると思うのだが(そうでなければ、事前に、放送内容を見せる必要性が出かねないから)。

また、取材される側には、
ロケハン(下見、事前調査)と、ロケ(撮影)の区別は、ついていたんだろうか。
通常、ロケハンをして、局でスタッフ間で内容を検討して、
撮影の許可が下りて、ロケ(撮影)すると思うのだが。

少なくとも、ロケ(撮影)のアポどりの段階で、きっちり、こういう場面を撮影します、と言えば、
今回の番組で必要とされない部分は、そもそも、撮影する手間を省けたはず。
そうすれば、5時間も話したのに、カットされた部分がある、という話には
ならなかったはずで(もちろん、現場判断というのも、ありえるが)。

最近は、ロケハン(下見、事前調査)の段階で、カメラを回すことはあるので、
それを、ロケ(撮影)と勘違いされてしまったんだろうか。

誤解を防ぐために、ロケハン(下見、事前調査)のアポどりの段階で、
「ロケハン用に撮影しているので、今日、撮影した内容は、局内の検討用なので、
放送では使用しません。」と言えば、その場合でも、誤解されないはず。

また、番組の表現方法、特に、用語の定義にも、問題があったと思う。
用語については、「人間動物園」、「日台戦争」など、初めて聞く言葉が多かった。
少なくとも、テロップで、フォローする配慮は、必要だったのではないか。

ほかにも、「漢民族とは?」、「中国語とは?」など、
番組として、短い尺の中で説明しようとすると、無理が出るであろう項目も
含まれていた(その点において、詳しく説明されないと文脈だけでは理解は困難で
用語法として不用意、不適切だったとも、言える。本編に挿入できないのであれば、
エンドテロップを1枚挿入するなど、手立てはあっただろう)。

また、取材で知ったことをすべて、放送してもよいのか、ということもあると思う。
とくに、「人間動物園」のくだりは、刺激が強すぎたかもしれない。

その中でも、台湾の高士村の人々を映し出したのは、やりすぎだった気がする。
「部落問題」と比較して考えることはしなかったんだろうか
(つまり、村を特定する必要があったのかどうか、といこと。
逆に言えば、今やご高齢の子供たちのインタビューまで撮っていて、
よく取材できているとも言える)。

そもそも、台湾は親日的だ、という感情は、果たして一般的だろうか。

そんな気もするが、仮にうまくいっている、親日的だとすれば、
今、うまくいっている関係を、あえて蒸し返す必要もない気がする。

NHKには4月末までに2500件を超える声が寄せられた。
「多くが『一方的だ』という意見」(NHK広報部)だったという。
「意見が対立する問題は多くの角度から論点を明らかにすること」(放送法3条)

NHK番組が偏向しているとして、
自民党の有志議員が報道内容を検証する議員連盟
「公共放送の公平性を考える議員の会」(仮称)が結成される模様。
呼び掛け人は安倍晋三元首相。

取材者側と出演者側でしっかり握れていない部分があったこと、
演出においては、テロップのフォロー不足、ナレーションの表現の選び方など、
配慮を欠いていた部分があった、ということは事実のようである。

1回で放送するには、「ターハイ」だったので、削ったら、削りすぎた、とするならば、
歴史番組という重要な番組制作のあり方としては、不適切だろう。

再放送や、DVD化は、どうなるんだろう。

【参考】
放送法(国内放送の放送番組の編集等)
第3条の2 
放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、
次の各号の定めるところによらなければならない。
1.公安及び善良な風俗を害しないこと。
2.政治的に公平であること。
3.報道は事実をまげないですること。
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

【番組の参考文献とされた本】
「日清戦争と東アジア世界の変容」
「日清戦争 秘蔵写真が明かす真実」
「東アジア国際政治史」
「もっと知りたい台湾」












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東京で、映画、テレビ(ドラマ・バラエティ)、インターネット、モバイルの、お仕事をしています。






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