『戦艦大和』(児島襄著)によると、4月2日矢矧での第二艦隊の幕僚会議では次の3案が検討された。
1:航空作戦、地上作戦の成否如何にかかわらず突入戦を強行、水上部隊最後の海戦を実施する。
2:好機到来まで、極力日本海朝鮮南部方面に避退する。
3:揚陸可能の兵器、弾薬、人員を揚陸して陸上防衛兵力とし、残りを浮き砲台とする。
この3案に対し古村少将、山本大佐、伊藤中将ら幕僚は3.の案にまとまっていた。 しかし突然4月4日神重徳大佐から電話により特攻作戦が内示された。 この命令は連合艦隊司令長官と軍令部総長の決裁後に軍令部、連合艦隊の幹部に通告されたため反論しようがなかった。
特攻命令を伝達に来た聯合艦隊参謀長草鹿龍之介中将に対し伊藤中将が納得せず、無駄死にとの反論を続けた。自身も作戦に疑問を持っていた草鹿少将が黙り込んでしまうと、たまりかねた三上中佐が口を開いた「要するに、一億総特攻のさきがけになっていただきたい、これが本作戦の眼目であります」その言葉に伊藤中将もついに頷いたという。
戦艦大和
『戦藻録』(宇垣纏中将日誌)によれば、及川古志郎軍令部総長が「菊水一号作戦」を天皇に上奏したとき、「航空部隊丈の総攻撃なるや」との御下問があり、「水上部隊を含めた全海軍兵力で総攻撃を行う」と奉答してしまった為に、第二艦隊の海上特攻も実施されることになったということである。
戦藻録 新装版
4月6日16時、戦艦大和以下の第1遊撃部隊は徳山沖を出撃した。16時10分、伊藤整一海軍中将(第2艦隊司令長官)は、は麾下の艦艇に対し出撃に際しての訓示を発する。
神機将ニ動カントス。皇国ノ隆替繋リテ此ノ一挙ニ存ス。各員奮戦激闘会敵ヲ必滅シ以テ海上特攻隊ノ本領ヲ発揮セヨ
日本軍では、作戦のために第2艦隊からなる第1遊撃部隊が編成され、水上特攻を担当する部隊となった。出撃した部隊は以下の編制であった。参加兵力は計4,329名。平均年齢は27歳であったという。
【大日本帝国海軍】
第1遊撃部隊(司令長官:伊藤整一中将、参謀長:森下信衛少将)
第1戦隊
戦艦大和(艦長:有賀幸作大佐、副長:能村次郎大佐、砲術長:黒田吉郎中佐):沈没。被雷8本以上、直撃弾10発以上。戦死2,740、戦傷117名。
第2水雷戦隊(司令官:古村啓蔵少将)
軽巡洋艦矢矧(艦長:原為一大佐):沈没。被雷7本、直撃弾12発。戦死446、戦傷133名。
※矢矧に座乗していた第2水雷戦隊司令官古村啓蔵少将、矢矧艦長原為一大佐は、ともに生還。
第41駆逐隊(司令:吉田正義大佐)
冬月(艦長:山名寛雄中佐):帰還。中破。直撃弾2発(不発)。戦死12、戦傷12名。
涼月(艦長:平山敏夫中佐):帰還。大破、艦首部に直撃弾を受け大破。後進で佐世保に帰還。戦死57、戦傷34名。
第17駆逐隊(司令:新谷喜一大佐)
磯風(艦長:前田実穂中佐):至近弾により機関室浸水。航行不能になり処分。戦死20、戦傷54名。
浜風(艦長:前川万衛中佐):沈没。被雷1本、直撃弾1発。被弾で航行不能になった後、被雷し轟沈。戦死100、戦傷45名。
雪風(艦長:寺内正道中佐):帰還。至近弾のみ。損傷無し。戦死3、戦傷15名。
第21駆逐隊(司令:小滝久雄大佐)
朝霜(艦長:杉原与四郎中佐):機関故障を起こし艦隊より落伍、正午過ぎに敵機と交戦中との無電を発信後連絡が途絶える。撃沈されたものと推定。隊司令及び艦長以下326名全員戦死。
初霜(艦長:酒匂雅三少佐):帰還。至近弾のみ。損傷無し。戦傷2名のみ。
霞(艦長:松本正平少佐):直撃弾2発。うち1発が機関室直撃、破壊。航行不能により処分。戦死17、戦傷47名。
対潜掃討隊(瀬戸内海離脱後命令により反転帰還)
第31戦隊(司令官:鶴岡信道少将)
花月(艦長:東日出夫中佐)
榧(艦長:岩淵悟郎少佐)
槇(艦長:石塚栄少佐)
【坊ノ岬沖海戦】
4月5日 13:59 第1遊撃部隊に出撃準備下令。
4月6日 15:20 第1遊撃部隊が徳山沖を出撃。
19:45 第1警戒航行序列(対潜序列)。
20:20 磯風が敵潜水艦らしきものを発見。第二艦隊米潜に発見される。
4月7日 06:00 第3警戒航行序列(対空序列)を取る。
06:30 大和が唯一搭載していた水上偵察機を本土に帰還させる。
06:57 朝霜(第21駆逐隊司令座乗)が機関故障のため随伴不能となり艦隊より離脱。
06:30頃-10:00頃 第5航空艦隊所属の零戦部隊による艦隊上空直衛が交代で実施される。この間、奄美諸島近海に展開していたアメリカ海軍第58機動部隊から、作戦機約400機からなる攻撃隊が、第1次攻撃隊と第2次攻撃隊とに分かれて、相次いで出撃する。
10:00頃 第1遊撃部隊が米軍の飛行艇2機に発見される。その後、艦隊は、米高速空母機動部隊から攻撃隊に先駆けて出撃したF6F戦闘機、F4U戦闘機計10数機の接触を受けながら、偽装航路を中止し、沖縄に向けて南下する。
11:35頃 大和に搭載された対空電探が、約100キロの距離にいる米軍艦上機の大編隊の接近を探知する。
12:10 落伍した朝霜より「ワレ敵機ト交戦中」との無電が入る。
12:15 大和以下の各艦が総員対空戦闘配置を完了する。
12:21 朝霜より「九十度方向ヨリ敵機三十数機ヲ探知ス」との無電連絡が入る。この後同艦は消息を絶った。
朝霜は、この直後に沈没したと推定される。(単艦戦闘で生存者がいないため最期の戦闘の詳細は不明)
12:30頃 敵攻撃隊の大編隊が雲間から降下し、第1遊撃部隊上空へ殺到し始める。第一次空襲始まる。
12:35頃 大和以下の各艦が対空戦闘開始。
12:47 浜風轟沈。この頃、大和後部に初弾命中。電探室および主計課壊滅。
矢矧航行不能
13:00 第一次空襲終了。
13:22 敵機群第二波約50機来襲。
13:33 第二次空襲始まる。
大和左舷に魚雷3本命中。大和の舵が取舵のまま故障。
13:56 磯風、航行不能
14:05 矢矧沈没。
14:20 大和、左舷に傾斜20度、総員最上甲板が命ぜられる。
伊藤長官が長官室に向かう。
14:23 大和沈没(左舷側へ大傾斜、転覆ののち、前後主砲の弾火薬庫の誘爆による大爆発を起こして爆沈)。
14:23 伊藤中将戦死により第1遊撃部隊指揮権を先任指揮官の古村少将が承継。
14:25 アメリカ軍の攻撃が終了。
16:39 作戦中止が下命される。
16:57 霞沈没(砲雷撃により処分)。
17:42 初霜が第2水雷戦隊司令官を救助。
22:40 磯風を雪風の砲雷撃により処分。
4月8日 冬月、雪風、初霜及び涼月が佐世保軍港に帰投。
【現在】
現在の大和は、北緯30度43分、東経128度04分、長崎県男女群島女島南方176キロ、水深345mの地点に沈没している。(NHK特集『海底の大和、巨大戦艦四十年目の鎮魂』にて放送)。
【歴代艦長】
(階級はいずれも大佐)
宮里秀徳:1941年9月5日〜(艤装員長)
高柳儀八:1941年11月1日〜
松田千秋:1942年12月17日〜
大野竹二:1943年9月7日〜
森下信衛:1944年1月25日〜
有賀幸作:1944年11月25日〜
男たちの大和 / YAMATO
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